最近とても多くの方からメッセージをいただけるようになりました。
とても励みになります!
この場をお借りしてありがとうございます!

それだけ多くの女性がモラハラ夫に苦しんだり悩んだりしているんだと感じ、また多くの人がモラハラ夫と離れたくても簡単には離れられないと、悩んでいらっしゃるんだなと実感させられます。

実際に「モラハラ夫と離婚できるまでがんばります」という声も多いです。

しかし「モラハラ夫と離婚するまでただひたすら耐える人生なのか?」「離婚できるまで幸せにはなれないのか?」と考えると、いや!モラハラ夫と暮らしていてモラハラ行為を繰り返されていても、被害者は幸せになる自由がある!

幸福感は、他人によって得られるのではなく自分によってしか得られないのです。

今回はモラハラ夫と離婚できない妻が、いえ、モラハラ被害者だけでなくどんな人にも当てはまりますが「幸せだ」と感じる幸せの見つけ方をご紹介します。

心が疲れたときに、お気に入りのあたたかいお茶でも飲みながらご覧ください。

幸せについて考えてみる

幸せっていったいなんでしょう?
幸せって固定されているものなのでしょうか?
私たちはどのような価値観に基づいて「幸せ」を感じているのでしょう。

例えば、「結婚したら幸せだ」と思っていた女性が結婚しました。

そしたら次は「子どもができたら幸せだ」と思うようになります。

子どもが生まれたら「もっと子どもが増えたら(兄弟がいたら)幸せだ」「うちの子はだらしないけど、あの子みたいに賢かったら」「この子がいい大学に入ってくれたら」「いいお嫁さんをもらってくれたら」「孫が生まれたら」と、最初の願いは叶ったのに、それに慣れれば次へ次へと現状に満足できずさらに上の幸せを求めてしまいます。

お金にしてもそうですよね。

子どもの頃はお小遣い500円でも満足してたのに、大学生に500円をあげて喜んでくれるでしょうか。

月100万稼げるようになったら夢のように幸せだと思っていたのに、実際に月100万稼げるようになれば、「次は月500万」「次は1000万」「もっともっとお金が欲しい!」と欲が出てしまします。

上を見上げたらキリがありません。

人間は欲深いです。

「無かったら欲しい」と思うし、手に入れば「もっと欲しい」となります。

そうなると永遠に不満になり、いつまでも満足できず幸せを感じられません。

だけど本当は私たちは、日本に生まれてきただけでかなり運がいいと思いませんか?

だって今の日本で、明日食べるものもなくて苦しんでいる人や餓死する人なんていないですよね。

着るものもなく、寒い中裸で過ごしている人も見かけませんよね。

水道をひねれば安全でおいしい水がいつでも飲めて、子どものころから教育を受けられて、病気になればきちんと治療を受けられます。

だけどたいがいの人はそんなこと考えません。

「当たり前」になっていて、「今日水道の水が飲めて幸せだ~!」と感じる人は少ないでしょう。

つまり私たちは自分よりちょっと上の人と比べて、「あ~あの人のご主人は優しそうでうらやましいな」「あそこはお金に余裕があっていいな」と、自分を見下して不幸でみじめな自分にしてしまっているのです。

どんな時でも幸せになれる「幸せ発見法」

それではどんな状況でも、あなたが幸せだと感じる幸せ発見法のテクニックをご紹介します。

幸せに焦点を当てる

だまし絵でよくある、これ、なんに見えます?


出典:ウィキペディア/ルビンの壺

「向かい合っている人の影」?「壺」?

どちらも正解!

「向かい合ってる人」が見えているときは「壺」は見えないし、「壺」が見えているときは「向かい合っている人」が見えません。二つ同時は見えないんです。

これはゲシュタルト心理学といって、同じものでも、受け取り手がどこに焦点を当てるかで見え方が変わるということなんですね。
ちなみにゲシュタルトは造語で、「地」と「図」という意味です。

「向かい合っている人」が見えているときは「向かい合っている人」が「図」、「壺」が「地」に。「壺」が見えているときは「壺」が「図」で「向かい合っている人」が「地」になります。

もう一つこちらを見てください。
出典:ウィキペディア/妻と義母

視点を変えれば、老婆の横顔に見えたり、若い女性の後ろ姿に見えたりします。

真実は一つなのに、見方が変われば全然違うものに見えるんです。

人間の幸せもこれを同じなんですよね。

「幸せ」に焦点を当てている人は「不幸」がかすんで見えなくなります。
「不幸」に焦点を当てている人は「幸せ」がかすんで見えなくなります。

足りないところ、欠けているところばかりに焦点を当てている人は、どんな状況になってもいつまでたっても不幸です。

同じ自分の人生ですが自分がどこに焦点を当てるか、見方によって「幸せな私」「不幸な私」と「真実」は変わります。

夫のモラハラに焦点を当てて嘆くより、「子どもが元気に明るく育ってくれている」「友達と楽しい時間を過ごせる」「今日はコーヒーがおいしく淹れれて幸せ」など日常のささいな幸せに焦点を当てれば、それだけで幸せに感じられます。

つまり「モラハラ被害を受けている不幸な私」という事実はかすれ、「小さな出来事に心が満たされる私の人生は幸せ」だが真実になるんです。

二人称から一人称に変える

幸せや不幸は他人がもたらすものではありません。

モラハラ被害者は「あの人が暴言ばかりはくから私は不幸だ」と思っている人も少なくないでしょう。

たしかにモラハラ夫の暴言や嫌がらせがなくなれば、圧倒的に平和に暮らせます。

しかし「モラハラ夫がモラハラをするから私が不幸」なのではなく、「モラハラ夫の言動によって私が勝手に不幸に感じている」だけなんです。

あなたをイラ立たせるものは外にはありません。いつもあなたの中にあるんです。

「離婚して今の状況が変われば」「夫が変われば」幸せになれると思っていると、そこにしか幸せがないと思い込んでしまいます。

離婚できても夫が変わっても、欠けているところに焦点が当たっている限り、あなたの心はいつまでも満たされず幸せを感じられないのです。夫のモラハラは残念ながら変わりません。

それなら受けとり方を変える方がよっぽど簡単で楽です。

夫の暴言は事実ではないことを知る

夫のモラハラはすべて受け流してしまいましょ~!

モラハラ夫に暴言をはかれて「なんでこんなこと言われなきゃいけないの!」「あんたに言われたくないわ!ムキー!」と思うのではなく、「あなたはそう思ってるのね~」「そうだね~」「でもそれはあなたが思っているだけで事実じゃないしね~」と受け流しましょう!

流しそうめんをイメージして!

モラハラ夫は妻が弱っていて最もダメージを受けるタイミングで、最大級に傷つく言葉で攻撃してきますから、妻のダメージは相当なものです。

1度は受け流せても、2度3度と続くと精神的に追い込まれてしまいます。

でもモラハラ夫の言葉はモラハラ夫が勝手な思い込みで、事実ではありません。

そうモラハラ夫がいうことは、事実ではないんです!

おそらく「夫のいう通り、私ってば本当に無能だわ・・・」と思うなら、一度カウンセリングなどを受けた方がいいです。

モラハラ夫からすでに支配され、正常な考え方ができなくなっている可能性があります。

あなたは無能ではないし、人からバカにされていい人間ではありません。

事実ではないところで傷つく必要はありません。

暴言を受け流すことは簡単なことではありませんが、「また言ってる。全力で傷つけてくるな~」「そんなんで絶対に傷ついてなんかやらないぞ!」と思って、夫の言葉を流せるようになると精神的に楽になってきますよ!

人は楽しいから笑うんじゃない!笑うから楽しくなる!

モラハラ夫にボロカスに攻撃されて心がボロボロになってしまったとき、きっとあなたの顔は暗く悲しそうに辛そうに歪んでいるのではないでしょうか。そうなると、心がますます不幸になってしまいます。

人は心と体が連動しています。

病気になるとなんだか心まで弱ってしまいますよね。逆に心が弱ってしまうと、体も調子悪くなります。

人は常に心と体が連動しているんです。だからどんな時でも笑うことがとっても大切なんです。

「こんなに辛い時に笑えない」って思いますよね。

でも人は楽しいから笑うんじゃないんです。
笑っているから楽しくなるんです。

夫のモラハラに傷ついた、辛い、悲しい、悔しい・・・!それでも無理矢理にでも口角を上げて笑うんです。

そしたら不思議。
なぜかだんだん楽しい気持ちになってきます。

落ち込んだ時に試しにやってみてください。

幸せを感じる心は自由

幸せ発見法を見てみるとどうでしょう。モラハラ夫はことごとく、幸せを発見できそうにないなぁと思いませんか?

モラハラ夫は妻の欠けているところばかり探して攻めてきます。欠けているところしか見ようとしません。

そしてモラハラ夫は常に二人称。つまり「お前が」「お前が」「お前が○○だから俺は怒ってるんだ」です。

どんな状況になろうとも、あなたが何をしても、夫の望む通りにしても、モラハラ夫が満足することはありません。「もっともっと」と不満を挙げ連ね永遠に不満をぶちまけます。いつまでたっても幸せを感じられません。

たとえモラハラ夫がお金をたくさん稼いでいても、社会的にエライ立場であったとしても、モラハラ夫が本当の意味で幸せを感じることはない、かわいそうな人なんです。

そんなモラハラ夫の暴言で、あなたが傷つくことはありません。

あなたはモラハラ夫と違って、今この瞬間にも幸せになれるんです。

たとえモラハラ夫から暴言をはかれていても、生活費をもらえず化粧品すら買えなくても、心だけは自由に幸せを感じることができるんです。心を満たせるんです。

結局人が幸せを感じるのは、その瞬間瞬間の積み重ねなんですよね。
瞬間瞬間を一生懸命生きること。一日一日を楽しむこと。

例えば天気のいい日に散歩に出たり、好きな音楽を聴いたり、お気に入りのお茶を飲んだり・・・

自分がちょっとホッとできる、楽しめる瞬間を、できる範囲で作っていくんです。

そんな毎日を積み重ねた結果、思いもよらない未来が待っています。

そしてもし今の辛い状況の中で小さな小さな、本当に些細なことでもうっすら光る場所に焦点を当てて、幸せを感じることができるようになったら・・・モラハラ夫と別れて自由になったとき、えげつないくらいに幸せになってしまうと思いませんか?

どんな状況でも幸せを感じる心は自由です!

まとめ

「足りない」「欠けてる」「もっともっと」と言い出したらキリがないです。だけど「足りないけどハッピー」と思えらた素晴らしいと思いませんか?

なにげない日常。ちょっとした出来事の中でも幸せを見つけられる人は素晴らしいと思います。
モラハラ夫的思考回路ではどんな状況になって、周りがどんだけ変わったとしても、満たされず常に不満だらけで心が満たされません。

でもあなたはたとえモラハラ夫に暴言を吐かれていても、あなたの人生が小さな幸せの積み重ねで満たされれば、モラハラ夫の暴言を「そんな風にしか考えられないなんてかわいそうね~」と感じる余裕すらでてきます。

そうすればモラハラ夫の暴言が「負け犬の遠吠え」のように聞こえてバカらしく感じてくるでしょう。

そうなったら儲けもんです!

モラハラ攻撃をさら~っと受け流し「あんたのモラハラ不発に終わっちゃってるよ」と冷静に毅然とした態度が自然と出てくるようになれば、モラハラのやりがいをなくし、モラハラ攻撃が減ってくるかもしれません

幸せになったもん勝ちです!
あなたがどんな時でも幸せに感じれば、モラハラ夫の暴言で落ち込んだりみじめな思いをしなくなるはずです!

どんな状況でも幸せになれる「幸せ発見法」ぜひ実践してみてください